1966 Heuer Autavia Jochen Rindt

生と死の距離が極端に近い時代のエッセンスを封じ込めたホイヤー・オータヴィア

モータースポーツが危険に満ちていた時代の空気感をも感じられる傑作クロノグラフ、オータヴィア「リント」の魅力にクローズアップ。


Written : LIVE IN RUGGED
Photo : HODINKEE

自分なりのスタイルを見つけて作り上げるための相棒となり得る伝説的なクロノグラフ

元〈Supreme(シュプリーム)〉のヘッドデザイナーで、現在は妻と共に〈JIL SANDER(ジル・サンダー)〉のクリエイティブディレクターを務めながら自身のブランド〈OAMC〉を手掛けるLuke Meier(ルーク・メイヤー)は「スタイルこそがすべての基本だ」と言う。そして「スタイルとは単にファッションのことを示す言葉ではなく、哲学であり、人生観なんだ。スタイルを考えずして、何も語ることはできない」とも語っていた。
移ろいやすく、マスメディアの情報に流されやすい世の中において、自分のスタイルを確立することは簡単なことではない。ましてや、自分なりの哲学や人生観を表したスタイルを持つことは並大抵のことではないはず。しかし、男女問わず年齢を重ねるにつれてスタイルの大切さを強く感じるようになる。何てことのない白いシャツや無地のTシャツを着ていてもその人のスタイルを感じる…例えばこんな状態は理想のひとつではないだろうか。
自分なりのスタイルを見つけるには、モノ選びひとつひとつにもこだわりを持つ必要がある。値段の高い・安いではなく自分の価値観に合ったモノであること。自分のライフスタイルに取り入れることが自然で、そのモノが持つストーリーや背景に共鳴できること。ただ見た目が好きだからという理由で買い物をするのも楽しいけれど、プラスアルファでこういったことを意識して相棒を見つけることは気持ち的にも幸福度がグッと増すはずだ。
TAG HEUER(タグ・ホイヤー)〉の前身である〈HEUER(ホイヤー)〉のヴィンテージウォッチには、膨大なストーリーと背景がある。長い歴史の中で成し遂げてきた功績と多くの名モデルはスイス製腕時計の世界においてひとつの権威とも言えるし、〈ホイヤー〉および〈タグ・ホイヤー〉が生み出してきたクロノグラフはモータースポーツの世界にもっとも近しい存在でもある。特に安全性が現在よりも遥かに低かった1960~70年代に多くのレーサーからオン・オフ問わず愛されてきたクロノグラフは、存在そのものが伝説的。
本日紹介するAUTAVIA(オータヴィア)も伝説の一端を担う名モデルで、F1ドライバーのJochen Rindt(ヨッヘン・リント)愛用モデルとしても知られている。非の打ち所がないほど端正なルックスのオータヴィアをじっくり眺めながら魅力を探っていこう。


クロノグラフの王道を体現したようなデザイン。3つのカウンターとシンプルなインデックス、そしてアイコニックな〈HEUER〉ロゴとAUTAVIAのモデル名。すべてがタイムレスな魅力を放っている。

この個体にはなんとジャック・ホイヤーが署名した手紙が付属。超貴重なフルセットの状態で〈HODINKEE(ホディンキー)〉にて販売された。

生涯を通じて限界に挑戦し続けたファイタータイプのドライバー、ヨッヘン・リント

ドイツのFORMULA 1(フォーミュラ1)ドライバー、ヨッヘン・リントは1942年4月18日に誕生し、1970年にF1のワールドチャンピオンに輝いた。作戦を練って緻密な戦略で勝ちを狙うというよりはとにかく攻めの走りをするファイタータイプのドライバーとして知られ、その勇猛果敢なドライビングと男らしいルックスで「タイガー」というニックネームを受けている。F2時代から熱い走りでレースファンを魅了したリントは、1970年にGraham Hill(グラハム・ヒル)に代わりLOTUS(ロータス)のエースドライバーに昇格。当時革新的だったウェッジシェイプボディのロータス72を駆り、快進撃を続ける。
第3戦モナコGPではレース終盤に15秒先行するJack Brabham(ジャック・ブラバム)を猛追し、ファイナルラップの最終コーナーで抜き去って優勝するという歴史に残る大逆転劇を演じたほか、第5戦オランダGPでは親友であるPiers Courage(ピアス・カレッジ)の事故死を乗り越えて優勝。第8戦ドイツGPまで4連勝を記録するなどシーズンを席巻する。イタリアの名サーキット、MONZA(モンツァ)で行われた第10戦イタリアGPの時点で2位以下のランキングを大きく引き離し、残り4戦のいずれかで優勝すれば自身初のF1ワールドチャンピオンを獲得するという状況となる。
ところがそのイタリアGPの予選走行中にリントのロータス72は最終コーナー「パラボリカ」手前で突如姿勢を乱し、コースアウトしてガードレールに激突。生死が危ぶまれたが、両足が見えるほどに大破したマシンの中で死亡した。ほぼ即死の状態であったと言われている。
事故の原因はロータス72のフロントインボードブレーキのトルクロッドが破損したためで、リントの運転ミスではなかったようだ。右側のフロントブレーキがまったく効かなくなり、成すすべもなく高速状態でコース外側の壁に激突。テクノロジーが発達し、マシンもサーキットも安全対策が進んだ現代では命を落とすことはなかったかもしれないが、70年代はすべてが危険に満ちていた。
大きくポイントでリードしていたリントを上回るドライバーは現れずにシーズンが終了し、議論にはなったようだが、結局ポイントリーダーであるリントがこの年のF1ワールドチャンピオンとなる。28歳という若さでこの世を去ったリントはキャリアを通じてファイタータイプのドライブで限界に挑戦し、ファンを魅了し続けた。その生き様と走りは50年以上経った今もレースファンの間では伝説だ。


回転式ベゼルを備える1966年製の〈ホイヤー〉オータヴィア。ヴィンテージウォッチ特有のぷっくりとしたドーム風防やリューズに入る「HEUER」ロゴなど、見どころも満載。

黒い文字盤と白いカウンターのコントラストが男らしい。灼けたトリチウム夜光がヴィンテージらしい風格をプラスしている。

ヴィンテージ・ホイヤーを身に着けることは、自分の人生に不変の価値を採り入れるということ

先に述べたように、1966年製の〈ホイヤー〉オータヴィアは燃え尽きるように生きたヨッヘン・リントが公私ともに愛用していたモデルとして知られ、「リント」の愛称も持つ。この時代にしては大型のケース(38.5㎜)と特徴的な斜角のラグ、それに対応する狭い12時間の黒い回転ベゼルを備えたデザインはまさにタイムレスな傑作。〈ホイヤー〉は古くからクロノグラフに特に力を入れていたブランドだが、その中でもオータヴィアは名機の中の名機であり、ヴィンテージピースのひとつひとつが伝説的存在でもある。
長い時を経て熟成したマットブラックの文字盤とグレーがかった白い3つのカウンターの組み合わせは男らしさと高級感が共存しており、一目でモータースポーツとの親和性を感じさせる。バトンインデックスに塗られたトリチウム夜光がわずかに灼けて緑青が発生しているところもヴィンテージ好きにはたまらないだろう。
そしてトドメは搭載されるムーブメントだ。このオータヴィアには〈ホイヤー〉に限らず数多くの名機と言われるクロノグラフに採用されているVALJOUX(バルジュー)72が搭載されており、その事実がこのモデルの価値を決定づけている。
これは腕時計の世界的なメディア〈HODINKEE(ホディンキー)〉が運営するオンラインサイトで販売された個体で、最初のオーナーは1967年に購入したアメリカ・シカゴの個人コレクター。購入後すぐに故障が発生し、何度か当時ニューヨークにあった〈ホイヤー〉の米国サービスセンターである「ホイヤータイムコーポレーション」に修理依頼が出されていたという。そのやり取りの中で〈ホイヤー〉社の代表であるJack Heuer(ジャック・ホイヤー)が個人オーナーに直筆で手紙をしたため、腕時計の問題について謝罪する内容が記載されている。ジャック・ホイヤー自身による直筆の手紙が付属するオータヴィアなんて世界中探しても他には見つからないのではないだろうか?まさに奇跡のような個体だ。幾度かの修理を経てこのオータヴィアは完璧にメンテナンスされ、再度オーナーのもとに戻ってからは数十年間何の問題もなく稼働し続けたという。
死後にチャンピオンに輝くという伝説的なF1ドライバーの愛用モデルであり、1960~70年代の危険な時代の匂いを閉じ込めたオータヴィアがいかに伝説的な腕時計であるか、きっとあなたにも感じていただけたはずだ。最高のクロノグラフを作ろうとする〈ホイヤー〉のモノ作りの姿勢と素晴らしいデザイン。生死の境が曖昧な世界で限界に挑戦し、突破してしまった名ドライバーの生き様。ヴィンテージの〈ホイヤー〉オータヴィアにはそれらのエッセンスが宿り、本当に特別な腕時計に昇華している。生と死の距離が極端に近かった1970年代のモータースポーツのエッセンスを強く感じるヴィンテージ・ホイヤーを身に着けることは、ただ高価な腕時計を手に入れるということではなく、人生観や生き様に共感することでもあるのだ。そして、そういった視点で腕時計を選ぶことが自分なりのスタイル作りにもつながっていくだろう。
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