People with style Part5 Issey Miyake

【第5回】スタイルのある人 – 三宅一生

男も女もスタイルのある人に憧れる。どうしてあの人はいつもあんなに素敵なんだろう…それはきっと揺るぎないスタイルがあるから。連載「PEOPLE WITH STYLE(スタイルのある人)」第5回は2022年8月5日(金)に逝去されたファッションデザイナー、三宅一生さんの功績を振り返る。


Written : LIVE IN RUGGED

ジャパンメイドのファッションを世界レベルに普及させた立役者

世界的に活躍したファッションデザイナーで文化勲章受章者の三宅一生さんが2022年8月5日(金)に肝細胞がんにて亡くなられていたことが本日報道された。享年84歳。
三宅さんは1938年4月22日に広島県広島市で生まれ、高校卒業後に多摩美術大学図案科に入学。在学中から装苑賞の第10回(1961年)、第11回(1962年)と2年連続で現在の佳作にあたる賞を受賞し頭角を現したという。在学中からデザイン業界においてファッションの立ち位置が低いことに苛立ちを覚え、1965年に渡仏。オートクチュール組合学校「サンディカ」で本格的にファッションを学ぶことになる。
ヨーロッパを主軸に活躍する多くのファッションデザイナーと同様に、三宅さんにとってもパリでの修業時代は自身の人生とデザイナーとしての素地を作るうえで大きな影響があったようだ。〈Givenchy(ジバンシー)〉にてデシナトゥール(完成した服を絵にする仕事)を担当する機会を得ながらパリでは計4年修業を積み、その間にヨーロッパ的に体にフィットした高級な洋服よりも、インドのサリーのように一枚の布を身にまとう方が普遍的な姿だという考えに至る。その流れで「生地をできるだけ捨てずに使うこと」を自らに課したという。この考えは恐らく三宅さんにとって生涯大切にした価値観ではないだろうか。パリでの修行の後、今度はアメリカ・ニューヨークに移り、既製服の経験を積む。
〈Supreme(シュプリーム)〉創始者のJames Jebbia(ジェームズ・ジェビア)などが登場する連載
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パリでの修行の後にアメリカ・ニューヨークに移り既製服の経験を積んでから、1970年に帰国。そして1973年に〈ISSEY MIYAKE(イッセイ・ミヤケ)〉ブランドにてパリ・コレクションに初参加する。前述の「1枚の布」で身体を包み、西洋と東洋という高い壁を飛び越えた斬新で自由な作風は世界に衝撃を与えた。その延長戦で生まれた〈イッセイ・ミヤケ〉を代表するシリーズである「プリーツ・プリーズ」は、着る人の体型を選ばずに快適に身体にフィットし、皺が気にならずにコンパクトに収納できるという画期的なもの。「ひとりひとりのための自由な服」というテーマのもとに、新しい時代性をもって作られた女性のための洋服は日本国内の繊維技術を駆使した品質の高さも評価され、世界27ヵ国で435万枚以上も売れたと言われている。

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生涯現役を貫き、世界中から憧れを集めた生粋のデザイナー

日本独自の伝統技術や縫製、染色と最先端のハイテクを両方駆使した洋服作りは〈イッセイ・ミヤケ〉の重要なアイデンティティとして続いていった。その時のシーズンテーマに必要だから日本の技術を使うのではなく、根源的に不可欠なエッセンスであること。そして、ジャパンメイドの技術や文化を全面に押し出しながら、ファッションの発信拠点であるヨーロッパで先に高く評価されたことが、他の多くの日本のブランドとの違いと言えるだろう。三宅一生さんは間違いなく日本のファッション文化をひとつ上のレベルに上げた立役者であり、後進のデザイナーへの影響力と愛情も多大に持っていた人であった。
1999年に〈イッセイ・ミヤケ〉は後進に引き継いだものの、2007年には日本初のデザインミュージアム「21_21(トゥーワン・トゥーワン)デザインサイト」を開設しディレクターに就任するなど、生涯現役を貫いた三宅一生さん。1998年に文化功労者に顕彰され、1999年にはアメリカの「TIME」誌アジア版にて「今世紀もっとも影響力のあったアジアの20人」に選出されるなど表彰される機会も数えきれないほど多かったが、多くのファッション好きの中では世界で活躍した偉大なファッションデザイナーという印象が強いはずだ。年齢層を問わず、三宅さんが作る洋服に憧れる人は今でも非常に多い。もちろん三宅さん自身に憧れを感じる人も多くいらっしゃるだろう。
近年の三宅さんは、新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るってからも自身が作ったブランドの動向を気に掛け、自宅からスタッフにアドバイスを送るなどをしていたとのこと。日本はもちろん、世界中のファッション関係者、洋服好きに愛されてきた三宅一生さんのヘリテージはこれからもずっと生き続けるだろう。
ご冥福を心よりお祈り申し上げます。
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