奇才ゴードン・マレーがデザインした20世紀的デザインの美しすぎるスーパーカー、T.33
自動車黄金時代を彷彿させる美麗なデザインと、V12エンジン、マニュアルミッション選択可というスパルタンかつアナログな仕様に世界のカーエンスーたちが歓喜の涙を流した模様。
猫も杓子も同じようなデザインがあふれる中、強烈に美しいクルマが誕生した
「スーパーカー」という種類のクルマが誕生してから数十年が経ち、過去と現代のモデルには大きな隔たりができた。巨大なエンジンとガソリンの力で大パワーを絞り出す時代から、ハイブリッドもしくは100%エレクトリックの無害な時代へ。地球環境のことを考えると自動車業界がエコにシフトしたのは当然のことであり、私たちはそれに関して異を唱えることは難しい。同時に、私たちはクルマの外観的な大きな変化も目の当たりにしている。曲線美を活かした純粋に美しいフォルムや、インダストリアルデザインを彷彿させる角ばったデザインは、現代のクルマにはほとんど見受けられない。ほとんどすべてのモデルが空気抵抗と生産時における効率化を極限まで考慮し、無個性な家電のようなデザインにシフトしつつある。
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かつて「家電のようだ」と世間から揶揄されたのは主に日本の自動車メーカーだった。でも、今生産されているクルマをランダムにチェックしてみよう…ヨーロッパもアメリカもだんだん無機質なデザインになってきていないだろうか?クルマにとってフロントマスク周りのデザインは生命線のひとつだが、メーカーを問わずだんだんと吊り上がった細目になっていることに気付くはずだ。可愛らしい丸目を頑なに守っているのは〈PORSCHE(ポルシェ)〉と〈MINI(ミニ)〉くらいのもので、イタリアを代表するスーパーカーメーカーである〈FERRARI(フェラーリ)〉ですら吊り上がったシャープなアイラインのモデルが大多数を占めるようになってしまった。自動車デザインの黄金時代が終わりを迎えてから数十年、もうかつてのような美しいクルマは新しく作られることはないのだろうか?
という嘆きを常日頃感じていたところ、思わずハッとするほど美しいクルマを発見した。カーデザイナー、Gordon Murray(ゴードン・マレー)氏が自身の名を冠して立ち上げた自動車メーカー、〈Gordon Murray(ゴードン・マレー)〉のT.33だ。
ゴードン・マレーとは?
2020年代に誕生したとは思えないほど美しいT.33について触れる前に、ゴードン・マレー氏がどんな人物かを紹介しよう。マレー氏は南アフリカ・ダーバンに生まれ、工学を学んだ後に1969年に渡英しレーシングエンジニアとしての道を進む。1970年代以降、モータースポーツの最高峰であるFORMULA 1のレーシングカーデザイナーとして歴史に名を残す偉業をいくつも達成した生粋のデザイナー/エンジニアである。F1時代は〈Brabham(ブラバム)〉でキャリアをスタートし、1973年から83年に掛けて自身が設計したブラバム製シャシーのマシンが通算22勝もの戦績を記録。その間、今でもF1ファンの間で語り継がれるファン・カーの製作を牽引。走行中に車高を下げられるハイドロニューマチック・サスペンションの開発やブレーキディスクにカーボン素材をいち早く導入するなど、画期的なアイデアをもって戦闘力の高いマシンを開発することに成功している。
1986年に名門チーム〈McLaren(マクラーレン)〉に移籍後は、さらにその才能を発揮。ブラバム時代に培った経験を活かし、当時のマシンMP4/4の低重心化に成功した。Ayrton Senna(アイルトン・セナ)、Alain Prost(アラン・プロスト)という最強タッグの走りと〈HONDA(ホンダ)〉が開発したエンジンの高い戦闘力もあり、グランプリを席捲。全16戦中15戦で優勝するという歴史的なシーズンを送っている。
その後1990年シーズンまで3年に渡り〈マクラーレン〉のマシン開発を指揮し、3年連続コンストラクターズ・タイトル獲得というこれ以上ないほどの戦績を残したのちにレーシングカーデザインを卒業。1991年から2004年まで〈McLaren Cars(マクラーレン・カーズ)〉にてカーデザイナーとして第2のキャリアを歩むこととなる。
その後1990年シーズンまで3年に渡り〈マクラーレン〉のマシン開発を指揮し、3年連続コンストラクターズ・タイトル獲得というこれ以上ないほどの戦績を残したのちにレーシングカーデザインを卒業。1991年から2004年まで〈McLaren Cars(マクラーレン・カーズ)〉にてカーデザイナーとして第2のキャリアを歩むこととなる。
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マレー氏が生み出したもっとも有名で伝説的なクルマがマクラーレンF1であることは、カーエンスーであれば誰もが納得できるだろう。マクラーレンF1が掲げたコンセプトは「20世紀最後の工業製品として、10年、20年後にも見劣りすることのない究極の自動車」。マクラーレンF1以前のスーパーカーはパフォーマンスを重視するあまりスパルタン過ぎるモデルが多く、走行性能のために居住性や操作性を犠牲にしたモデルが大多数を占めていた。マレー氏は当時最先端のスーパーカーであったフェラーリF40やポルシェ959などに試乗し、いずれも酷評。しかし、絶対的な性能では劣るものの、ドライバーフレンドリーな設計で居住性等にアドバンテージがあったホンダNSXは大絶賛する。自身で実際にNSXを所有し、マクラーレンF1開発中のベンチマークとして参考にしたという。
ドライバーシートが中央に置かれ、その左右に助手席があるという市販車としては異例中の異例であるレイアウトも話題になったが、これはスポーツカーとして最適な重量配分バランスを突き詰めた結果だった。ドライバーひとりで運転するクルマと想定し、重いもの(=ドライバー)を車体の中央に置くことで、左右どちらかに重量が偏る問題を解決するという大胆なアイデアだ。当然エンジンの搭載位置なども徹底して重量バランスが考慮されている。
F1マシン直系のカーボンコンポジット材で成型されたモノコックボディーとアルミハニカムをカーボンファイバー材で挟み込んだ高剛性素材などを多用し、車体重量は1,140kgというライトウェイトスポーツカー並みの軽さを実現。また、エンジンルーム内側には遮熱のために22金の金箔を貼りつけ、エギゾーストパイプおよびマフラーにインコネル製、車載工具やウィンドウウォッシャー液タンクのフタをチタン合金で削り出すなど、常軌を逸したレベルで高価な素材を投入。「売れれば売れるほど赤字になる」と言われるほど、理想を追い求めコストを度外視したクルマだった。
もちろん今の時代に同じことをやろうとすると組織の上層部からNGが出るだろう。しかし、〈マクラーレン〉が自社の技術力とプライドを掛けて制作したこのクルマは、結果的に大きな利益こそもたらさなかったかもしれないが、自動車市場に残る屈指の伝説級スーパーカーとして今も記憶されている。
F1マシン直系のカーボンコンポジット材で成型されたモノコックボディーとアルミハニカムをカーボンファイバー材で挟み込んだ高剛性素材などを多用し、車体重量は1,140kgというライトウェイトスポーツカー並みの軽さを実現。また、エンジンルーム内側には遮熱のために22金の金箔を貼りつけ、エギゾーストパイプおよびマフラーにインコネル製、車載工具やウィンドウウォッシャー液タンクのフタをチタン合金で削り出すなど、常軌を逸したレベルで高価な素材を投入。「売れれば売れるほど赤字になる」と言われるほど、理想を追い求めコストを度外視したクルマだった。
もちろん今の時代に同じことをやろうとすると組織の上層部からNGが出るだろう。しかし、〈マクラーレン〉が自社の技術力とプライドを掛けて制作したこのクルマは、結果的に大きな利益こそもたらさなかったかもしれないが、自動車市場に残る屈指の伝説級スーパーカーとして今も記憶されている。
V12エンジン、マニュアルミッション選択可、車重はたったの1090kg!
〈ゴードン・マレー〉からは、T.33の前にT.50というモデルが発売されている。わずか100台限定で登場したT.50は約3億2735万円という価格ながら48時間で完売。その後継モデルが本稿で紹介しているT.33である。「美しさへの回帰」というテーマのもと、マレー氏の世界観が存分に発揮されたうっとりするようなエクステリアデザインが完成した。そのルックスは1960年代のスーパーカー/スポーツカーを彷彿させるピュアでシンプルな造形。現代のスーパーカーのちょっとやりすぎとも思える過剰なエアロパーツで武装せず、流麗なボディラインと美しいパーツで構成されたデザインは、スーパーカー黄金時代の〈フェラーリ〉や〈アルファ・ロメオ〉のようでもあり、前述のマクラーレンF1のようでもある。それでいて今の時代のクルマとしてしっかりオリジナリティがあり、マレー氏の才能が少しも衰えず、むしろより洗練されていることを強く感じさせる素晴らしいデザインだ。
4リッターV12エンジンはカムシャフト、吸排気システム、バルブタイミング、キャリブレーションを専用設計し、最大出力は615psを発揮。最高許容回転数はT.50と比べて1000回転落ちる1万1100rpmだ。電気の力を借りることが圧倒的に多い現代のスーパーカーの中で、ピュアなV12エンジンを搭載している点もT.33の美点。F1カーですらハイブリッドの今の時代でV12エンジン搭載の市販車は存在自体が貴重だ。なお、車重はわずか1090kg。パワーウェイトレシオは1.77kg/PSというから、痛快を通り越して文字通り切れ味が鋭すぎるモンスターマシンと言える。
奇才ゴードン・マレーが追求する究極のロードカー
この美しすぎるデザインに目も心も奪われてしまうけれど、マレー氏の自動車メーカーである以上、見た目の美しさだけに特化しているはずがないのは当然だろう。先に述べた〈ブラバム〉時代などのF1マシンで培ったグラウンドエフェクトの概念も応用されていることを付け加えておきたい。かつてマレー氏が開発したF1マシンには巨大なファンが装備され、それが絶大なグラウンドエフェクト効果をもたらしていたのだが、T.33にはファンの代わりに新たな空力システム「PBLC(パッシブ・バウンダリー・レイヤー)」が装備されている。これは走行時にキャビン直後の床下から取り入れた空気をリアディフューザーの上下2層に分けて後方へと流し、強力なダウンフォースを得るというもの。ファンカーに近いグラウンドエフェクト作用を生み出す効果があり、特に高速走行時やコーナリング時に絶大な力を発揮する。こういった高度なエンジニアリングが施されるのも、〈ゴードン・マレー〉のクルマの大きなアドバンテージなのだ。
また、マニュアルミッションも選択できることもカーマニアを歓喜させる魅力のひとつ。スーパースポーツカーであってもセミオートマが主流の今の時代に、アナログなマニュアルミッションで運転できる喜びは他に代えがたい(パドルシフト仕様も選択可能)。マックス1万回転以上のV12エンジンをマニュアルミッションで操れること…それ自体がプライスレスと言ってもいい。
〈ゴードン・マレー〉T.33は先代モデルと同様100台限定でローンチされ、わずか5日間ですべてが完売した。その中にはT.50のオーナーもかなりの数が含まれていそうだ。恐らく日本にも購入者がいると思われるので、今後運が良ければ街中で見かけることもあるかもしれない。
自動車黄金時代の美しいデザインを引き継ぎ、F1やハイパフォーマンスロードカーで培ってきた独創的な技術を注ぎ込んだ〈ゴードン・マレー〉T.33には、失われた時代の輝かしい魅力が詰まっている。市販車ではあるものの、存在時代がアートや工芸品のようだ。あらゆるモノが効率化を目指し無味乾燥していく中で、T.33のようなクルマが誕生したこと自体がひとりのクルマ好きとして幸せを感じる。
自動車黄金時代の美しいデザインを引き継ぎ、F1やハイパフォーマンスロードカーで培ってきた独創的な技術を注ぎ込んだ〈ゴードン・マレー〉T.33には、失われた時代の輝かしい魅力が詰まっている。市販車ではあるものの、存在時代がアートや工芸品のようだ。あらゆるモノが効率化を目指し無味乾燥していく中で、T.33のようなクルマが誕生したこと自体がひとりのクルマ好きとして幸せを感じる。
CAR CREDIT
- GORDON MURRAY:T.33